サザンオールスターズとCEP
更新日:2 日前
──強いブランドは、なぜ何度も人生に出てくるのか
まず、これだけは言わせてください。サザンオールスターズは、とんでもないバンドです。
まあ、完全に今更ですが。
1978年のデビューから47年。メンバー全員が"前期高齢者"になった今も、平気で新記録を更新してくる。2025年3月、なんと10年ぶり16作目となるオリジナル・アルバム『THANK YOU SO MUCH』を発表したかと思えば、そのまま石川を皮切りに全国13会場26公演のアリーナ&ドームツアーへ。会場動員だけで60万人、東京ドーム公演のライブビューイングを含めると、のべ75万人を熱狂させました。47年のキャリアで4度目という、前人未到の5大ドームツアーだそうです。
普通、結成から半世紀近く経ったバンドは「懐かしさ」で聴かれるものです。ところがサザンは、「懐かしさ」と「今のリアルタイム感」を同時に成立させてしまっている。ブランドの仕事を長くやってきた人間として、これは相当に凄いことだと思っています。というより正直少し、いや、かなり悔しい。真似しようともがいても到底できないほど、高度なブランド次元に達してしまっている。
なぜサザンはここまで強いのか。今日はマーケティングの「CEP」という視点から、その理由を紐解いてみたいと思います。
CEPとは何か──「知られている」だけでは、ブランドは強くならない
ブランド戦略の仕事をしていると、つい「独自の価値をどうつくるか」「他社との違いをどう語るか」ばかりに意識が向きます。もちろんそれはとても大事です。大事なのですが、実はそれだけでは足りません。
強いブランドになるには、どんな場面で思い出されるかが同じくらい重要になります。これが「CEP(Category Entry Point)」という考え方です。生活者が「こういう時は、あれだよね」と自然に想起する入口を、いくつ持てているか。ブランド戦略とは「独自の価値提供を約束し、それを一貫して守り続けることで共感者を増やしていく活動」ですが、CEPはその価値が生活者の中で"起動"するスイッチのようなものです。
この視点で見ると、サザンオールスターズは驚くほど強い。「名曲が多いから」で片づけてしまいがちですが、本質はそこではないと思います。本当のすごさは、人生のさまざまな局面で、サザンが自然に出てくることにあります。
サザンのCEPの核は「夏×茅ヶ崎・湘南・烏帽子岩」
サザンのCEPには、まず「夏×茅ヶ崎・湘南・烏帽子岩」という圧倒的な核があります。
茅ヶ崎は桑田佳祐さんの出身地であり、公式サイトでも「サザンにとっての"故郷"であり、ファンにとっての"聖地"」と位置づけられています。2023年、デビュー45周年を記念して10年ぶり3度目、初の4日間開催となった「茅ヶ崎ライブ2023」は、まさにその象徴でした。
楽曲でいえばデビュー曲の「勝手にシンドバッド」(1978年)は言わずもがな、「夏をあきらめて」(1982年)や「HOTEL PACIFIC」(2000年)が分かりやすい例です。江の島、茅ヶ崎、そして烏帽子岩(えぼし岩)が続けて登場し、海辺の熱気や夏の終わりの切なさまで含めて、土地と情緒がひとつの記憶として刻み込まれています。ここがサザンの強い起点です。
ただし、サザンの本当の強さは「人生の各場面」に入り込んでいること
ここで大事なのは、サザンの強さが単なる"湘南ブランド"では終わっていない、という点です。本当の強さは、その風景が人生の場面と結びついていることにあります。恋の始まり、秘密の恋、失恋、旅立ち――サザンのCEPの核は、土地や季節そのものではなく、人が生きる場面にサザンが紐づいていることなのです。
たとえば、恋の高揚と少し危うい大人の関係には「LOVE AFFAIR〜秘密のデート〜」(1998年)があります。舞台は横浜で、マリンルージュ、大黒埠頭、シーガーディアンといった実在の場所が織り込まれる、不倫をテーマにした楽曲です。ちなみに大黒埠頭のくだりで登場する「虹」は、桑田さんが横浜ベイブリッジをレインボーブリッジと勘違いしたことから生まれたフレーズだそうで、こういう"事故"すら名曲にしてしまうあたり、反則だと思います。場所が感情を支え、感情がCEPになる。この曲は単なる観光ソングではなく、"誰にも全部は持って帰れない恋"の記憶装置になっているわけです。
「真夏の果実」(1990年)は、夏の代表曲であると同時に、失恋や届かない思いのCEPとして非常に強い。夏の歌なのに、ただ明るいだけでは終わらない。むしろ"切なさ込みの夏"を丸ごと持っていくから、毎年ちゃんと戻ってくる。季節CEPと感情CEPが重なっている典型例です。
「希望の轍」になると、今度は旅立ち、前進、再出発の場面に出てきます。この曲、実は正式にシングルカットされたことは一度もありません。1990年公開の映画『稲村ジェーン』のサウンドトラック曲で、レコーディングもメンバー全員ではなく桑田さん単独に近い形だったといいます。それなのに、今や卒業式や結婚式の定番曲として愛され続けている。シングルですらない曲が、人生の節目のCEPをここまで占拠してしまう。ブランドの世界で言えば、公式キャンペーンより口コミの方が強くなってしまったようなもので、なかなか痛快な話です。
「核」から土地へ、季節へ、人生場面へと重層化している
サザンのCEPは、次のような重層構造でできていると私は見ています。
まず核にあるのが、夏×茅ヶ崎・湘南・烏帽子岩。そこから土地が、鎌倉、横浜、横須賀へと広がっていく。たとえば鎌倉は、原由子さんがボーカルを取る「鎌倉物語」(1985年、アルバム『KAMAKURA』収録)によって、横浜は「LOVE AFFAIR」によって、サザンの記憶地図に組み込まれています。さらに季節が夏から、秋、冬へと広がり、そして最後にいちばん効いてくるのが、恋の始まり、秘密の恋、失恋、旅立ち、青春の回想といった人生場面です。この地図は単なる場所の一覧ではなく、人生の物語ごと記憶されているのです。
しかもサザンは、昔の記憶だけで食べているわけではありません。冒頭でも触れた通り、2025年には10年ぶりとなる16作目のアルバム『THANK YOU SO MUCH』をリリースし、「桜、ひらり」という新しい季節の入口も加えました。過去のCEPを維持するだけでなく、新しい入口を今も増やし続けている。47年選手が、いまだに現役でCEPを拡張している。ここが一番真似できないところだと思います。
企業ブランドが学ぶべきこと──「何者か」より「いつ出てくるか」
企業のブランド戦略でも、構造はまったく同じです。自社の提供価値を定義することは大事です。ですが、それだけでは生活者の頭の中に居場所はつくれません。必要なのは、どんな時に思い出されるかを、地道に増やしていくことです。
サザンオールスターズは、夏の湘南という強い核を持ちながら、土地を広げ、季節を広げ、最後には人生のさまざまな場面にまで入り込んでいきました。だから強い。そして長い。さらに言えば、世代を超える。
ブランドの仕事をしていると、経営者の方からよくこう言われます。「うちみたいな小さな会社に、何かの機会で思い出してもらえるチャンスなんてない」と。正直に言うと、私も昔はそう思っていました。
でも、サザンだって最初から茅ヶ崎と湘南と烏帽子岩と横浜と鎌倉、横須賀、そして人生のあらゆる場面を同時に持っていたわけではありません。始まりはひとつの核、"夏の湘南"だけでした。そこから47年かけて、少しずつ土地を広げ、季節を広げ、人生の場面へと重ねていった結果が、今の重層構造です。
だとすれば、私たちがやるべきことも同じです。最初から全部を持とうとしなくていい。まずはたったひとつ、「これに関しては、自然にうちが思い浮かぶ」という場面を、真摯に見つけること。どんなに小さな会社にも、その入口は必ずあります。それを丁寧に掘り起こし、一貫して守り続けるところから、ブランドは始まります。サザンのように、何十年もかけて少しずつ広げていけばいい。
焦らなくて大丈夫、私はそう思います。
