町内会の回覧板が、いつの間にかLINEグループに変わっていた
更新日:2 日前
──DXの本質は、「便利になったこと」ではなく「気づかれないこと」にある
なぜ今、「町内会の回覧板」とDXを一緒に考えるのか
最近、ふと気づいたのです。そういえば、あの回覧板、見なくなったなと。
あの、少し角の丸くなったクリアファイルみたいなやつです。中にお祭りの案内や清掃活動のお知らせが入っていて、判子を押す欄があって、「あ、次どこだっけ」と一瞬フリーズする、あれです。私は別に町内会運営のDX推進委員でも、回覧板研究家でもありません。正直に言えば、回覧板は中身より"止めてはいけない圧"のほうを強く感じていた側の人間です。あの、受け取った瞬間に少し背筋が伸びる感じ。地味ながら、なかなか強いブランドだったと思います。
ところが最近、その存在感が急になくなった。代わりにスマホに通知が来る。町内会のお知らせがLINEで届く。気づけば、紙で回ってきていたものが、いつの間にかデジタルに置き換わっていたのです。
で、ここでちょっと面白いなと思ったのです。DXって、こういうことなのではないか、と。
DXとは「紙をデジタルにすること」ではない
DXという言葉は、ずいぶん日常に入りました。ただ、そのぶん雑にも使われるようになった気がします。紙をPDFにしました、ハンコを電子化しました、勤怠をクラウド化しました。もちろんそれも大事です。でもそれは、DXの入口ではあっても、本丸ではない。
経済産業省が示している考え方でも、DXとは単なるデジタル化ではなく、デジタル技術を前提に経営や事業のあり方そのものを見直し、新しい価値を生み出していくことだとされています。DX推進指標も、経営者が「今」と「あるべき姿」のギャップに気づき、行動につなげるためのものだと整理されています。つまりDXとは、速さや効率の前に、まず"気づき"の話なのです。
この定義に照らすと、回覧板がLINEになる話は、単なる「紙からスマホへ」ではありません。本質は、情報の伝え方が変わったことより、地域の関わり方そのものが変わったことにあるのです。
紙の回覧板は、実は「情報共有ツール」ではなく「運搬システム」だった
ここは少し意地悪に言ってみます。紙の回覧板は、たしかに昔からよくできた仕組みでした。全戸に届くし、紙だから見落としにくいし、町内会っぽさもある。ただ、仕組みとして見ればかなりアナログです。遅い。止まる。急ぎの情報に弱い。誰が読んだのかも曖昧。しかも受け取った人は、情報を得るだけでなく「次に回す」という仕事までセットで引き受けることになる。つまり住民は、情報の受け手である前に、半分は"配送網"だったわけです。
ここにLINEが入ると何が起きるか。まず、回す必要がなくなる。回覧板の最大のDXは、情報伝達の高速化というより、ご近所のバトンリレーから住民を解放したことかもしれません。
LINE化で起きているのは「効率化」ではなく「新しい生活価値」の創出である
しかもLINE化の価値は、それだけではありません。鹿児島市では、LINEオープンチャットを活用したデジタル回覧板の導入事例が、市の資料としてまとめられています。ある町内会では、約730世帯のうち約250人がニックネームで匿名登録し、イノシシの出没情報や急な行事の中止連絡を即座に共有できるようになりました。離れて暮らす子世代が、高齢の親に代わって登録するケースもあるそうです。過去のお知らせを遡って見返せる、写真つきで案内できる、若い世代にも情報が届きやすくなる。「誰かに聞かなきゃ分からない」がひとつ減る。地味に見えて、住民の生活価値をかなり変えています。
ただし面白いのは、ここでも紙の回覧板を完全にはやめていないことです。スマホに不慣れな世帯のために、しばらく紙とLINEを二本立てで運用する町内会が大半で、ある自治体議員は「設計を誤れば、むしろ役員の負担が増える」とも指摘しています。便利さより先に、不安を取り除く。この"急がず併走させる"距離感こそ、実務としてのDXの正体なのだと思います。
DXの理想形は、「変わった」と言われないことかもしれない
ここで私がいちばん面白いと思うのは、この変化があまり"改革っぽく見えない"ことです。会社で「来月からDX改革を断行します」と言われると、多くの人は少し身構えます。たぶん心の中で、「はい来た」「またパスワードが増えるやつか」と思う。私なら思います。かなり思います。でも、回覧板のLINE化はそうではない。気づけば便利になっている。気づけば役員の負担が減っている。気づけば、地域との接点が前より持ちやすくなっている。
私は、DXの理想形はここにあると思うのです。人に"変わらされた"と感じさせずに、結果として前より良くなっていること。これは、システムを入れることより難しいかもしれません。人は不便そのものより、"変えられること"に抵抗するからです。だから本当にうまいDXは、導入の派手さではなく、定着の自然さに現れます。
経営者が「町内会の回覧板DX」から気づけること
この話は、町内会のほのぼのIT化では終わりません。経営者にとってのヒントは、具体的には3つあると思っています。
ひとつ目は、「誰が、見えない仕事を無償で引き受けているか」を先に洗い出すことです。回覧板でいえば「次に回す」役目がそれでした。会社でも、お客さんや現場の社員が、気づかないうちに"配送網"の役目を担わされている業務が、たいてい1つや2つはあります。DXで最初に問うべきは「何をデジタル化するか」ではなく、「誰が今、割に合わない運搬役をやらされているか」です。
ふたつ目は、紙とデジタルを、いきなり切り替えずに"併走帯"を設計することです。鹿児島市の事例のように、不安の強い人には紙を残したまま、使える人から少しずつ移行する。全員に一斉導入を迫らないというだけで、現場の抵抗感はかなり変わります。
みっつ目は、「導入したこと」を大きく発表しないことです。皮肉な話ですが、DXの成功は「変わりました」という宣言の派手さでは測れません。むしろ、誰にも気づかれずに定着し、あとから「あれ、いつの間にか前より楽になってたな」と言われるくらいがちょうどいい。発表会より、静かな定着を目指す。それが本当に効くDXの見分け方だと思います。
町内会の回覧板がLINEグループに変わった、という一見ささやかな話の中に、私はDXの本質を見ます。便利になった、で終わらない。新しい価値が生まれている。しかも、あまり抵抗感を生まずに。経営者にとって、これはかなり大きなヒントではないでしょうか。なお、次に回覧板が回ってきたら、今度こそちゃんと中身を読もうと思います。たぶん読みます。
